2011年 11月 26日
名監督の著書「采配」に唸らされました
プロ野球日本シリーズという頂上決戦で、有終の美を飾れずに退任された、
名監督・落合博満氏が、その「采配」論を述べているということで飛びつきました。
強烈な個性、気の効いたコメントがないというだけで、心ないマスコミからは少々
「悪役」のイメージをつけられてしまっていますが、ここまでストイックに思慮深く、
信念を持って戦っていたのだということがよくわかり、なるほどと唸らされてしまいました。

この本を読んでいくうちに、プロ野球の監督は、落合氏と比べると
「勝負師」「マネジメント」「選手への想い」という点からして
大人と子供くらいのレベル程の開きがあるように感じました。
また、落合氏を嫌いなだけで批判を繰り返す多くの野球評論家の思慮浅さが
浮き彫りになってきました。
落合氏のお兄さんが「博満は、選手としてよりも監督としての才能が高い」
とコメントしたという記事を思い出し、その通りだと頷きました。
ビジネスマンやリーダー職宛に書かれているところもありますが
著書に書かれてある信念は、国のトップにいてほしい程の資質を感じる程
でした。
以下、強く印象に残ったところを紹介します。
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孤独に勝つ強さは、私は「野心」を抱くことで生み出されるもの
「心技体」ではなく「体技心」
ビジネスマンも野球選手も3つの敵(自分・相手・数字)と戦っている
「負けない努力」が勝ちに繋がる
大切なのは勝ち負けよりも勝利へのプロセス
「このシュート回転するストレートを武器にする手はないだろうか」
嫌われるのをためらっていたら、本当に強いチームは作れない。本当に強い選手は育たない
自分の腹の中を読まれてはいけない。それがプロフェッショナルの仕事なのである
気心と信頼は別物・・・気心を知れたヤツだけを自分の周りに置きたがるのは愚かではなかろうか
大切なのはどれだけデータを持っているかではなく自分自身がどれだけの分析力を備えているか
プロ野球の歴史を知ろうとせず現在のプロ野球の批判ばかりする記者やメディアは
自分で自分の首を絞めている
揚げ足を取ってでも批判してやろうとする風潮では、
実力はともかくメディア受けするような人材しか育たなくなる
技術・仕事の進め方には「絶対的な基本」があるが「絶対的な方法論」は無い
歴代コミッショナーには、最高権力者という立場にありながら、
先頭に立って野球界を変えていこうとする人材は居なかった。
やりがいのある仕事に巡り合えないと思っていても、だから不幸というわけではない。
大切なのは、何の仕事に就き、今どういう境遇にあろうとも、その物語を織り成しているのは
自分だけだという自負を持って自分自身の人生を前向きに采配していくことではないだろうか。
以上です。
是非ご一読下さい。







